
伊丹の町のあちらこちらに、歌碑が伊丹市文化財保存協会などにより数多く建立されています。
休みの日に散歩がてら見つけた歌碑を載せていきたいと考え、このページを作りました。
いわば現代版「ディジタル拓本」と洒落てみました。
![]()
伊丹市文化財保存協会「文学碑をたずねて」
↓ 見たいページの読み人か写真をクリックして下さい。

![]()
![]()
五月六日
庭にはイチハツが盛りを過ぎ、平戸がさきはじめ、
薔薇は日光の下にその新しい芽をうな垂れている。
風は南西、よく伸びた南天の若葉をそよがせて、
部屋のなかへ吹き抜けて来る風を楽しんでゐると、
どこか気持ちのよい温泉へでも来てゐるやうな気がする。
かなめの垣がまた赤い芽を吹いている。

![]()
![]()
追啓
酒一樽いな河の小魚
右両品共に六月六日夕かた
京着いたし神事之間ニ
合忝存候。しかしいな河の魚ハ
腐れたゝれて臭気
甚しく一向やくニ立ず
四ツ辻へすてさセ申候。捨テニ
行者 鼻をふさき 兒を
肖け候て持出し、飛脚屋より
持参り候男も道 くさきニ
こまり候よし小言を申候。
いか様炎熱き時節
所詮京迄ハ持かたく候。
向後暑中ニ河うをなと
御登セ被下候義 御無用ニ御座候。
折角御親切にこゝろを
御つくし被成候ても用に立不申
其上駄賃の費 彼是以
無益之事ニ御座候。御存意之
はとハ甚かたじけなく候。右の
義申進候事いかゝニ存候へ共
向後御心得のためニ御座候故
無遠慮申進候。以上
蕪村
六月十九日
東瓦様
牡丹切て気の
おとろひしゆふへ哉

![]()
![]()
天は月に遊び地は花に遊ぶをもて風雅
の元とす祖翁ハ奥の細道をも尋て五七五の
作意をいつ迄もつきせぬ余情定め置かれける
己も此道をしたはんとて嘉永元申年弥生の
空を待兼道祖神のまねきにあひ三りの
灸をすゆるより白川の関を越へ松嶋の月を
見んと心そゝろに茂助といふ供をつれて
杖をとりて
道ミみや尋る人も千松嶋
と一句を言ふて三月四日早朝より浪花表へ
発足す其頃天遊渓斎糸海に逗留 又
糸海の衆中送別の句々左に
はたこ町通り過して花すミれ 天遊
あかぬ日のあかね道なりきしの声 渓斎
風流の賈家君に似たるは稀なり。
遠く名迹を指して旅衣を試む。
奇貨居くべし松嶋の翠、亳底に収め尽して
嚢を括りて帰ることを試む。 静庵
松嶋や雄しまによするしらなみの
立ちかへる日をいつとまたまし 良臣
松の香をしほりに出よ花の中 太乙
むつのくのつとの花見や嵐山 ぬか人

![]()
![]()
富貴の家にうまれ出るは、前世の種也。
莵角人は善根をして、家業大事にかくべし。
池田・伊丹の売酒、水より改め、
米の吟味、麹を惜まず、
さはりある女は蔵に入ず、
男も替草履はきて出し入れすれば、
軒をならべて、今のはんじゃう、
舛屋・丸屋・油屋・山本屋
酢屋・大部屋・大和屋・満願寺や
賀茂屋・清水屋・此外次第に栄て、
上ゝ吉諸白松尾大明神のまもり給へば、
千本の椙葉枝をならさぬ、
時津の国乃隠里かくれなし。
『西鶴織留世乃人心』
一、津の国のかくれ里より
































































